東京高等裁判所 平成9年(行ケ)323号 判決 1998年11月10日
兵庫県神戸市灘区大石東町六丁目3番1号
原告
金盃酒造株式会社
代表者代表取締役
高田貴代子
訴訟代理人弁護士
和田好史
東京都中央区日本橋一丁目1番1号
被告
国分株式会社
代表者代表取締役
國分勘兵衛
訴訟代理人弁護士
中森峻治
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 原告が求める裁判
「特許庁が平成7年審判第1024号事件について平成9年10月31日にした審決を取り消す。」との判決
第2 原告の主張
1 特許庁における手続の経緯
原告は、別紙(1)表示の構成からなり、旧第28類「清酒」を指定商品とする登録第2693173号商標(以下「本件商標」という。)の商標権者である。なお、本件商標は、平成3年11月6日に登録出願(平成3年商標登録願第115188号)され、平成6年8月31日に商標権設定の登録がされたものである。
被告は、平成7年1月10日、本件商標の登録を無効にすることについて審判を請求し、特許庁はこれを平成7年審判第1024号事件として審理した結果、平成9年10月31日に「登録第2693173号商標の登録を無効とする。」との審決をし、同年11月20日にその謄本を原告に送達した。
2 審決の理由
別紙審決書「理由」写しのとおり
3 審決の取消事由
審決は、別紙(2)表示の標章(以下「引用標章」という。)は、被告の業務に係るチェーン店のシンボルマークとして、本件商標の登録出願前に、取引者間において広く認識されるに至っていたと認定したうえ、本件商標は、引用標章と極めて近似する標章をその構成中に有するから、商標法4条1項15号の規定に該当する旨判断している。
しかしながら、商標法4条1項15号の規定は、当該商標を、他人の業務に係る商品又は役務とは非類似の商品又は役務について使用する場合にも適用されるのであるから、他人の業務に係る商品又は役務を表示する標章は、取引者のみならず、需要者の間においても、全国的に周知となっている、著名なものであることが必要である。
しかるに、引用標章は、本件商標の登録出願の僅か3か月半前に業界紙に広告されたほか、食品メーカー等、極めて限定された範囲の業者に公表されたにすぎず、また、これを、被告の業務に係る役務について、実際に使用した期間及び地域も不明である。そうすると、引用標章は、本件商標の指定商品である酒類の取引者の間においてすら、全国的に周知であったといえず、まして、酒類の需要者の間において全国的に周知であった事実は全くない。
したがって、引用標章が、本件商標の登録出願前に取引者間において広く認識されるに至っていたとする審決の認定は誤りであるから、この認定を前提としてされた、本件商標は商標法4条1項15号の規定に該当する旨の審決の判断が誤っていることは、明らかである。
第3 被告の主張
原告の主張1、2は認めるが、3(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。
原告は、引用標章が、本件商標の登録出願前に取引者間において広く認識されていたとする審決の認定は誤りである旨主張する。
しかしながら、引用標章は、被告の業務に係るチェーン店のシンボルマークとして、本件商標の出願前に取引者・需要者の間において広く認識されるに至っていたものである。
すなわち、被告は、平成3年6月25日付「日本食糧新聞」に、全面広告で、引用標章を被告の業務に係るチェーン店のシンボルマークとすることを公表した(ちなみに、同年5月3日付「日本食糧新聞」には、引用標章に関する記事が掲載されている。)。次いで、被告は、引用標章を被告の業務に係るチェーン店のシンボルマークとすることを、同年7月15日に食品メーカー・食品取引業者らに、翌16日に新聞社・雑誌社らに、それぞれ公表した。更に、同年10月1日発行の雑誌「総合食品」は、被告と引用標章に関する記事を特集している。当時、被告の業務に係るチェーン店は858店舗にも達しており、また、前記食品メーカー・食品取引業者らは、いずれも、全国的規模で事業を展開している企業であるから、引用標章が、本件商標の登録出願前に全国的に周知となっていたことは、明らかである。
理由
第1 原告の主張1(特許庁における手続の経緯)及び2(審決の理由)は、被告も認めるところである。
第2 そこで、原告主張の審決取消事由の当否について検討する。
1 原告は、引用標章が、本件商標の登録出願前に取引者間において広く認識されていたとする審決の認定は誤りである旨主張する。
検討すると、乙第3号証の1・2、第6ないし第9号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
a 被告は、スーパーマーケット、コンビニエンスストア及びそれらのチェーン本部(以下「コミュニティストア等」という。)に対する経営指導を、業務内容の1つとしていること、平成3年当時、被告の業務に係るコミュニティストア等は、850店舗を上回っていたこと
b 同年5月3日付「日本食糧新聞」は、被告が、その業務に係るコミュニティストア等のシンボルマークとして、新たに創作した引用標章を採用した旨の記事を掲載したこと
c 被告は、同6月25日付「日本食糧新聞」において、引用標章を被告の業務に係るコミュニティストア等のシンボルマークとすることを公表したこと
d 被告は、同年7月15日、ホテルエドモンドにおいて、引用標章を被告の業務に係るコミュニティストア等のシンボルマークとすることを、食品メーカー・食品取引業者等、204社に公表したこと、この会には、原告東京支店の販売部長も出席していたこと
e 被告は、同月16日、黒江屋国分ビルにおいて、引用標章を被告の業務に係るコミュニティストア等のシンボルマークとすることを、食品関係の新聞社・雑誌社等、17社に公表したこと
f 同年7月25日付「日本食糧新聞」は、上記bと同趣旨の記事を掲載したこと
g 同年10月1日発行の雑誌「総合食品 10月号」は、被告と引用標章に関する記事を特集したこと
以上の事実を総合すれば、引用標章は、本件商標の登録出願前に、少なくとも酒類を含む食品の取引者の間において、相当程度知られていたと認めるのが相当である。引用標章が、本件商標の登録出願前に、被告の業務に係るコミュニティストア等の店頭にどの程度表示されていたかを認める証拠が存在しないことは、上記認定の妨げとなるものではない。
この点について、原告は、商標法4条1項15号の規定を適用する場合、他人の業務に係る商品又は役務を表示する標章は、取引者のみならず需要者の間において、全国的に周知となっている、著名なものであることを必要とする旨主張する。
しかしながら、商標法4条1項15号の規定は、他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれが具体的に存在する商標は、商標登録を受けることができない旨を定めているものであることが規定内容に照らし明らかであって、他人の業務に係る商品又は役務を表示する標章が、全国的に周知、あるいは著名なものでなければ上記条項に該当しないとする理由はないから、原告の上記主張は失当である。
2 ところで、引用標章は、一部が重なっている2つの円形状の図形のデザインに高い独創性が認められるところ、本件商標の上半分は、この特徴的な図形のデザインを含む引用標章全体をそのまま用いて(ただし、背景である黒地の縦横比には、極めて僅かな差異が認められる。)、構成されているものである。
そして、被告の業務に係るコミュニティストア等が、酒類を含む食品等の小売店舗であることを考慮すれば、本件商標を、その指定商品である清酒に使用するときは、少なくとも清酒を含む食品の取引者が、これを被告の業務に係る商品と混同するおそれが極めて高いことは、疑問の余地がないところである。被告が、引用標章をその業務に係る清酒に使用していないことは、上記判断を何ら左右するものではない。
3 したがって、本件商標は商標法4条1項15号の規定に該当するとした審決の認定判断は、正当であって、審決には原告主張のような違法はない。
第3 よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成10年10月1日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)
別紙(1)
<省略>
別紙(2)
<省略>
理由
1. 本件登録第2693173号商標(以下、「本件商標」という。)は、別紙(1)に表示したとおりの構成よりなり、第28類「清酒」を指定商品として、平成3年11月6日登録出願、平成6年8月31日に設定登録がなされ、現に有効に存続しているものである。
2. 請求人が引用する標章は、別紙(2)及び(3)に表示したとおりの構成よりなるものである。
3. 請求人は、「結論同旨の審決を求める。」と申し立て、その理由を概略次のように述べ、証拠方法として甲第1号証乃至甲第9号証(枝番を含む。)を提出している。
(1)請求人は、平成3年7月16日、新聞発表(日刊工業新聞他)を行い、コミュニティストアのシンボルマークとして、本件商標と同一の円形の図形の組み合わせを上段に付し、COMMUNITY STOREを下段に付した標章(以下、「引用標章」という。)を発表した(甲第3号証及び甲第4号証)。
請求人は、引用標章を今後のチェーン事業の展開における理念として位置づけ、コーポレートメッセージとして新聞発表を行ったのである。このシンボルマークを策定したチェーン事業本部は、コミュニティストア及びタウンショップの名称でチェーン展開を図ってきており、加盟店数は平成3年7月15日現在ですでに858店を数えていた。請求人はこのシンボルマークの策定により、店頭に引用標章を表示する事による店舗イメージの刷新、統一化を図るとともに、マーチャンダイジング力、情報システム力、物流体制をはじめとする本部機能を飛躍的に強化した。
(2)請求人は、前記新聞発表と同時乃至それ以前に、全加盟店及び全取引先に対し、シンボルマーク即ち引用標章を周知せしめた。
被請求人は、永年来の酒類特に清酒に関する取引先であり、この引用標章とその背後にある理念について請求人から十分説明を受けており、本件商標と引用標章の類似性について熟知していた。
(3)被請求人が、本件商標を登録出願した平成3年11月6日時点において、すでに引用標章は取引者・需要者のみならず、昨今のメディアの驚くべき伝播力即ち新聞発表及び請求人チェーン店舗の店頭表示を通して世人一般に広く知られており、顕著な事実として著名なものとなっていた。
(4)被請求人は、請求人に先立つこと2か月前に本件商標を登録出願した。ちなみに請求人は、引用標章を平成4年1月7日に商標登録出願している(甲第5号証)。
そして、請求人の登録出願に対しては、平成6年3月3日 に拒絶理由通知がなされている。その理由は、本件 商標と引用標章が同一または類似というにある。
(5)被請求人の本件商標の登録出願は、前記のように引用標章がすでに取引者・需要者のみならず、世人一般に広く知られていた著名なものであることを知り又は知りうべき状況の中でなされたものであり、その商標登録は無効とされるべきものである。また、実質的に見て、請求人の営業上の信用維持ないしは需要者の利益保護の確保の観点からも無効とされるのは当然である。
(6)以上の理由により、その登録出願当時著名な引用標章とは外観、称呼及び観念上同一の本件商標は、請求人会社商品と混同する虞が十分であって、かつ、本件商標の登録は商標法第4条第1項第10号又は同第15号に反してなされたものであるから、同法第46条第1項の規定によってその登録を無効とされるべきである。
(7)請求人は、平成3年6月25日、業界の代表的新聞である日本食糧新聞紙上に引用標章をコミュニティストアのシンボルマークとして発表した(甲第6号証)。ちなみに、この新聞に掲載されている引用標章はカラーであるが、請求人が出願している商標(甲第5号証)と同一ないし類似性を有していることはいうまでもないところである。この新聞において、請求人は明確に引用標章のシンボルマークとしての位置付を示したのである。
つぎに、請求人は、平成3年7月15日にホテルエドモントにおいて、メーカー及び納入業者向けにシンボルマークの発表会を行った。そしてチェーン事業本部政策発表会運営概要(甲第7号証)を出席者全員に配布した。出席者には、被請求人である金杯酒造株式会社の取締役東日本営業部長木田準一が名を連ねており(甲第7号証出席者名簿の4頁上から6社目参照)、被請求人はこのシンボルマークが、請求人の創作したものであることを熟知していたのである。
さらに、請求人は、平成3年7月16日には新聞・雑誌社向けのシンボルマーク発表会を開催し、広く世の中にシンボルマークを周知せしめる手続を行った(甲第8号証)。
加えて、請求人のシンボルマークは、食品産業の総合誌の平成3年10月号に掲載され(甲第9号証)、さらに広く業界に周知されることとなった。
4. 被請求人は、何らの答弁もしていない。
5. そこで判断するに、請求人の提出に係る甲第3号証(枝番を含む。)、甲第4号証及び甲第6号証乃至甲第9号証を総合勘案すると、請求人の引用する別紙(2)に表示した標章が、請求人の業務に係るチェーン店(スーパーストア)のシンボルマークとして、本件商標の登録出願前既に取引者間において広く認識されるに至っていたものであると認定し得るものである。
つぎに、本件商標と別紙(2)に表示した引用標章を比較するに、本件商標は、別紙(1)に表示したとおりの構成よりなるところ、その構成中、中央部上段に縦長四角形の図形中に、一部が重なっている大小二つの円形状図形と、その下部に二段に横書きされた「COMMUNITY」及び「STORE」の欧文字よりなる部分は、独立して自他商品識別標識としての機能を果たし得るものというのが相当である。
そして、本件商標の該図形と文字部分は、前記引用標章と四角図形部分においてやや縦横の長さの比率に差異を有するもののその構成の軌を一にするものと認められるものであるから、両者は類似するものといわざるを得ない。
してみれば、本件商標は、請求人の広く知られた標章とその構成態様が極めて近似する商標をその構成中に有してなるものであるから、本件商標をその指定商品について使用した場合、これに接する取引者、需要者は、該商品が請求人又は請求人の関係する者の取り扱いに係る商品であるかの如く、商品の出所について混同を生ずるおそれがあるものといわなければならない。
したがって、請求人の主張するその余の無効事由について論及するまでもなく、本件商標は、商標法第4条第1項第15号に違反して登録されたものであるから、同法第46条第1項の規定により、その登録は無効とすべきである。